心の故郷

 

信州、小諸の山間にある菱野温泉は3世代に渡り幼少期から毎年夏休みに訪れた故郷と言ってもいいくらいの思い出の地です。

 

 

祖父母が毎年夏に湯治で泊まっていたところに親戚、従妹が集まり、おにぎりを作って皆で野イチゴを食べながら野山を歩き、麦わら帽子投げなどをして遊ぶことが何より楽しい一時でした。

 

 

画家、木村秀夫さんの描かれる「武蔵野の雑木林」の絵を見ると、林道の脇に腰かけて皆でおにぎりをほおばった笑顔の光景がよみがえってきます。

 

 

宿の裏山に「結び観音」像があり、そこから遠くに見える蓼科の山々や雲の移ろい、夕景を眺めているのが大好きでした。

 

 

今、宿は代わってしまいましたが、懐かしい風情を味わいにたまに立ち寄らせていただいています。

 

 

 

 

 

高校恩師との不思議なご縁

 

立教高校時代の恩師、西村先生とは不思議なご縁でした。

 

 

担任でもなく部活の顧問でもなく英語授業の先生と一生徒いう間柄でしたが、私があまりにも優秀だったからでしょうか・・・

 

 

夏休み、西村先生が「日直なんで竹内ちょっと学校に来ないか」とお声がかかり特別補習をしていただきました。

 

 

 

その時先生が、買ってきてくれて日直室で一緒に食べた、みたらし団子が美味しかったことを今でも思い出します。

 

 

英語の方は残念ながら身に付きませんでしたが、気にかけていただけた嬉しさ有難さを今でも忘れません。

 

 

 

その後、私の結婚式でお会いをした以降は年賀状だけのやりとりでした。

 

 

8年くらい前に西村先生が立教新座高校の校長になられている事を知り久しぶりに高校に伺いランチをご馳走になりました。

 

 

高校時代チャペル脇の草むらが好きで友人と昼休み寝過ごして授業に遅れて怒られたことなど色々思い出しました。

 

 

昨年、西村先生が退職され画家になり初の個展を開かれるのを知り伺いました。もともと絵を描かれていたことは知っていましたが個展を開かれる画家になられていたことには驚きでした。

 

 

個展で久しぶりにお会いした時、先生からも「竹内君とは本当に不思議な縁だよな~」と言われ改めて人と人との出逢いご縁の不思議さを実感しました。

 

明治神宮・癒しの森と緑

明治神宮には参拝はもちろんですが木漏れ日の森や草木・緑に癒されによく伺います。

 

 

平成19年初めて伊勢神宮に伺う前に明治神宮に参拝し初めて神楽殿にて祈祷をお願いしました。

 

 

 

偶然にも私一人での祈祷でした。

 

 

 

広く荘厳な神楽殿に入り神楽が始まるとタイムスリップした感覚になり、とても感動したことを思い出します。

 

最後に神官の方から、明治天皇が詠まれ句とお言葉をいただきました。

 

 

「 目に見えぬ 神の心にかようこそ 人の心の まことなりけり 」

 

 

「 千早ぶる 神のひらきし道をまた ひらくは 人の力なりけり」

 

 

そう詠まれた後

「どうぞそのお心で周りの人を大切に迷うことなくお進みください」と有難いお言葉をいただきました。

 

それをきっかけに明治天皇が詠まれた句がたくさんあることを知りました。

 

「人めには みえぬものから かがやくは こころの底の 光なりけり」

こちらも心に響く大好きな句です。

 

今では何かにつけて明治神宮に伺っております。参拝後 林道を抜け奥の緑の広場は人も少なく大好きな癒し空間です。

 

雪化粧の北アルプスと新緑

雪化粧の北アルプスと新緑、この季節の景色を堪能したく年に一度は、安曇野~白馬を訪れています。

 

 

晴天に恵まれた早朝、澄み切った青空にくっきりそびえ立つ白馬三山、北アルプスの美しさは何時までも目に焼き付いています。

 

白馬三山の絶景を露天風呂から眺めていると心身ともに生き返り自然に癒される有難さをつくづく感じます。

 

 

腑に落ちた言葉

 

随分前の事ですが、再建への葛藤や2度の大病になり色々もがき苦しんでいた頃、色々な分野の本に救いを求め読み漁っていた時

 

 

本当に「一つの言葉」に救われてきました。

 

 

その言葉の数々は私の宝物になっています。

 

 

 

 

10数年前位だったか、稲盛和夫さんの「生き方」という本を読んでいた時、最後の方に書かれていた言葉が腑に落ち心の奥が震える感覚になった事を今でも思い出します。

 

 

その言葉は、

 

「生まれたときよりも少しでも善き心、美しい心になって死んでいくこと…」

「心を高める」ことこそが

 

 

腑に落ち私の中に深く刻み込まれました。

 

 

 

 

 

松下幸之助さんの何の本に書かれていたか忘れてしまいましたが、さりげなく書かれていた言葉でしたが深く感銘を受けた言葉がありました。

 

 

 

「得意におごらず 失意に落胆せず 平々坦々 素直に謙虚に

我が道を拓いていく」

 

 

 

そうありたいと心からの指針になっている言葉です。

 

 

 

 

旅の詩人 須永博士さんとの出逢い

 

 

「旅の詩人」 須永博士 (すなが ひろし)さんとは、H17年不思議なご縁で出逢わせていただきました。

詳しくは http://sunaga.teams.jp/goods/episode.html

 

 

 

多くのプロスポーツ選手・オリンピック選手が「心の支え詩」にされていたり、全国各地から講演依頼があり色々な方達に寄り添い 詩を書(描)かれている方です。

 

 

 

一番最初に感銘を受けた詩は「挑戦」でした。

この詩は北京オリンピックでソフトボール金メダリストの上野由岐子投手が「小さいころから 心の支えの詩 です」と言われていたことでも有名な詩です。

 

 

 

そしてもう一つ大好きな詩は「感謝」です。

この詩もプロ野球亀井選手が「苦しい時期この詩に背中を押してもらった」と大事にされているそうです。

 

 

 

 

須永さんはもとより奥さまや娘さん達、皆様のお人柄に心から魅了されています。

 

 

私がやってきたTEAMSの考え方に共感してくださり、日本で唯一ライセンス契約という形で須永さんの詩の一部をTEAMSオリジナルアイテムとして製作販売させていただいております。

 

 

本当に大切な仲間や部員(生徒)の方達に「心の支えの詩」アイテムとして役立ってくれると有難いなと思っております。

 

 

実店舗には須永さんの直筆の詩を展示していたり詩や書籍の販売ミニコーナーもあります。

 

還暦すぎて早1年

 

童謡の歌詞のごとく「村の渡しの船頭さんは こ~とし ろくじゅうの お~じいさん」が、我がことになってみてつくづく思う事

 

 

若い人たちから見れば充分高齢者の仲間入りなのに、その中身は・・・

 

 

「いったい どこが 成長したのだろう?」

 

 

本当にそう感じます。

 

 

「想い」の下書きを書いていたとき、【2度の大病】と書いた箇所を娘が【生死を分ける2度の大病】と書き直していました。

 

 

それを見た時、妻や家族にとっては当人より もっと不安で一杯だったろうし大変だったろうと改めて感じさせられました。

 

 

健康にしても、仕事にしても、家族の事にしても、真逆の状況を体感して

初めて あたり前が あたりまえでない事にやっと気づける!

 

 

誕生日を迎えられることを心から有難い事と思えるようになってきたところは、少し成長してこれたのかもしれません。

 

 

私も含めて妻や娘2人家族全員が3月生まれ。

それも15日・18日・20日・25日と集中する中、昨年の3月 次女にも子供が生まれました。その孫娘は合間をぬってなんと23日でした。

 

更なる誕生日ラッシュになりました。

 

 

 

 

「大好きな風景画」

 

以前、洋画家 木村秀夫先生の「木漏れ陽の雑木林」の風景画を目にした時、一瞬にして心打たれ、東京近郊で行われる木村さんの風景画展情報を調べては見に行かせていただき心癒されていました。

 

 

デパートでの風景画展に伺った時、偶然木村先生がいらっしゃたので初めてお声をかけさせていただきました。

 

 

「風景を前にしてどのようなお気持ちで描かれているのですか」とお聞きすると、とても奥深いお言葉にとても感動しました。

 

 

私の仕事内容の事もお伝えすると「創作!という意味では共通していますね」と言ってくださいました。

 

 

その時、過去の風景画展のハガキを何枚かいただきました。

 

その中に【絵の道は仏法の道】と書かれているものがありました。

 

良寛さんの詩と先生の想いが書かれていました。

凛とした謙虚さと 自然を前にしていかに無になれるか そんな思慮深さが伝わってくるものでした。

 

 

 

「花は無心にして蝶を招く」

 

 

 

「生涯身を立つるに慵(ものうい)く、 騰騰(とうとう) 天真に任す。」

 

 

 

 騰騰(とうとう) 天真に任す。という言葉が私の中でどんどん染み入り深く刻み込まれる言葉になりました。

 

 

 

その日の出逢いをきっかけに、木村先生から直接お葉書をいただいたりして風景画展に足を運ばせていただいています。

 

 

2017年11月の風景画展では、大好きな「木漏れ陽の雑木林」の作品と一緒に先生が写真まで撮ってくださいました。

 

いつも拝見するだけで本当に申し訳ありません、何時かはきっと・・・

 

 

 

 

 

 

 

「伊勢神宮に行かなくては!」

 

年表を書いていて2007年(H19年)長年の色々な難題解決や病気の快復などの兆しが全てこの年に起きていたことには驚きでした。

 

 

今後の共同事業の最終的な話し合いを仲間と軽井沢で行いました。

円満解決した夜「終わった!」と一人真っ暗になった外に出て歩いていると突然

 

 

 

「伊勢神宮に行かなくては!」

 

 

 

そんな言葉が浮かんできました。

でも伊勢神宮って行ったこともないし、どこにあるの?という何にも知らない私でした。

 

 

 

 

それから伊勢神宮の事を色々調べたり古事記の解説書を読んだりしました。

外科医から春日大社宮司になられた葉室頼昭さんの本に引きつけられ色々学ばせていただきました。

 

 

 

そして初めての伊勢神宮参拝に日帰りで1人向かいました。

 

 

 

内宮の神楽殿にて祈祷をお願いし案内していただいたところ
偶然  私一人でした。

 

 

 

 

 

その神聖さと深遠な中に一人座っていたとき、何かこみ上げてくるものがあり涙が止まらず最後までハンカチで目鼻を抑えながらの参拝になりました。

 

 

 

西行法師が詠まれた

「何ごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」

その心境を少し体感させていただいた思いでした。

 

 

 

その後、1年おきに伊勢神宮へ伺うようになりました。

凛とした静寂、清々しい早朝に外宮、内宮で御垣内(正式)参拝をさせていただいています。静かで心地よい遙宮の伊雑宮、滝原宮にも伺っています。

 

 

いつも本当に気持ちよく心地よく何時までも居たくなる思いになります。

 

内宮 宇治橋

 

内宮 御正宮

内宮 神楽殿

内宮 参道

内宮 五十鈴川 御手洗場

年表を眺めて沸き出てきた「言葉」

 

 

学生時代からの約40年の出来事年表を何度も眺めて湧き出てきた「自分に対しての言葉」です。

 

 

 

「浮かれるな!」

「いい気になるな!」

 

 

 

「常に学び実践しなさい」

 

 

 

「よい言葉を使いなさい」

 

 

 

「病や災いは、大切な何かに気づけというサインである」

「繰り返しおこる症状は「真の道に戻りなさい」というメッセージである」

 

 

 

「今あるあたり前に気づき常に感謝しなさい」

 

 

 

「他人の価値観に生きると苦しくなる」

「自分の価値観に生きると魂が喜ぶ道となる」

 

 

 

「人間一人では 自らを信じることは なかなか難しい

良き仲間(家族・友人・専門家)が必要である」

 

 

 

「心を持って自ら動けば 必ず良い出逢い、良き人とめぐり逢い 道は拓ける」

 

 

 

なんか恥ずかしいですが、偽らざる素直な「言葉」が湧き上がってきました。